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【作品名】念
【作品詳細】
念という漢字は「今」と「心」から構成される漢字。
念と書いて「おもい」と読みます。
「今」の上の部分は蓋を表しています。
蓋をしなければあふれるほど、心の中で強く大切にしている気持ちを表します。
この作品は、作品を見ているあなたと共に作り上げるインタラクティブアートです。
あなたが「今」この瞬間に大切にしている強い気持ちを書いて瓶に入れてください。
瓶に入れたら必ず蓋を閉めてください。
あなたのこの強い気持ちを瓶に納め、この瞬間を何年も何百年も先へと継ぐことも、「永遠」を具現化する一つの構成要素なのです。
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【作品名】SANUKI CODE
【作品詳細】
人はなぜ文字を刻むのか。
それは、目には見えない感情や記憶を、時間の向こう側へと運びたかったからではないでしょうか。
書とは、起源からすでに「記憶の保存装置」であったーーこの確信が、SANUKI CODE の出発点となりました。
古代、海辺で一人の歌人が詠んだ万葉歌の一首があります。
志度の海人の袖の干る時なくしても我は恋ひなむ潮干の間もなし
(しどのあまのそでのひるときなくしてもわはこひなむしおひのまもなし)
志度の海の海女の袖が、潮で濡れて乾く間もないように、私の恋もまた、止まることなく続いていく。
その情景を思い浮かべると、潮の満ち引きの“呼吸’’の中に、人の想いの“永遠性”が重なってゆきます。
乾くことのない袖。絶えず続く恋慕。そこにはまさにETERNAL (永遠)という概念の原型が宿っているのです。
では、現代の私たちは、どのように感情を刻むのでしょうか。
その多くは0 と1 の信号ーーバイナリコードとして記録されます。
「1 =存在」「0 =不在」。墨と余白。潮と干。光と影。
古代の詩や書が持っていた構造は、いまやデジタルの海の中でも生きていることに気づきます。
バイナリとは、現代の“言霊’であり、新たな万葉仮名であると言えるのです。
SANUKI CODE は、古代の地名「志度(SANUKI) 」に宿る言霊をUn icode (世界共通文字コード) へと変換し、視覚化したデータアートです。
ー文字一文字が0 と1 の波(bit)へと転写され、白と黒のリズムとなって立ち上がる。縦に流れる線は潮の呼吸であり、恋の律動であり、“記憶のDNA” のように身体の奥へと響いていきます。
千年という時間を隔てながら、詩とデータは同じ構造で「永遠」を描きました。
私は書を否定したいのではありません。むしろ、書の本質ー一「存在を記録し、時空を超えて誰かに届く力」を、デジタル情報を筆によって拡張しました。
黒と白の点列に宿る筆致。見えない字形が立ち上げる“潮文’’。それは、現代の海に浮かぶもうひとつの万葉歌として表現しました。
潮は満ちては引き、また満ちます。
データは書かれては消え、また生成されます。形を変えても、想いは消えない。
このSANUKI CODE を通して、万葉の恋が再び光とデータの海に刻まれていく。
「古と今をつなぐ言語(Eternal Lan g uage) 」ではないかと私は考えます。
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【作品名】潜在の層
【作品詳細】
この作品では釣竿から一本の糸を垂らしています。
それは何かを釣りあげる表現であり、同時に、言葉を生み出そうとする人間の営みそのものを表現しています。
私たちは何かを理解しようとするとき、内側の奥深くに沈んでいる感覚へと、意識の糸を伸ばします。
そして、それを言葉にしようと、そっと引き上げる。
この行為は、いつの時代も変わることのない、これまでも、これからも続いていく人間の本能です。
箱の底に敷かれた鏡は、潜在意識と顕在意識の境界を表しています。
鏡の向こう側には、まだ言葉になっていない感覚。記憶とも思考とも呼び切れない層が広がっています。
こちら側にあるのは、言葉として発せられ、意味として共有される世界。
鏡は、その二つを隔てると同時に、つなぐ装置です。
釣り糸に等間隔で吊るされた紙は、潜在意識の中に積み重なっている「層」を表しています。
それぞれの紙には文字が書かれていますが、それらはすべて下向きに配置されています。真上から見ても、文字は読めません。鏡を通したときにだけ、文字は判読できそうに思いますが、反転しているため、すぐに理解することは難しいでしょう。
これは、言葉の在り方そのものを表現しています。
人は内側にあるものを、そのまま言語化したとしても、それが本当に本意であるかどうかは他者には本質的には理解できません。場合によっては当の本人すらそうです。
顕在化したものを鵜呑みにするのではなく、その言葉の裏にある本意を見つめることを表現しました。
またこの作品では、水の変化を通して、意識と言葉のプロセスを重ねています。
最下層には「澱(おり)」。意味になる以前の、重く沈殿した感覚があります。そこから、濡(ぬ)れ、滴(したた)り、滲(にじ)み、潤(うるお)い、映(うつ)り、揺(ゆ)れ、霞(かす)み、靄(もや)となり、最上層で霧(きり)へと変わっていく。下から上へ進むにつれ、文字は薄くなり、輪郭を失い、やがて読めるかどうかも曖昧になっていきます。
潜在意識から顕在意識へと引き上げ、そして引き上げた後の言語化された言葉は、水が液体から気体へと昇華していくプロセスに似ています。
言葉は、口にした瞬間、音として空間に放たれ、すぐに霧のように消えていきます。しかし、その言葉に宿っていた念いは、語った者と、受け取った者の内側に、確かに残る。鏡に映る文字のように、
直接触れられなくても、確かに存在し続けます。
この作品は、大野という土地で展示されることで、はじめてこの構造を獲得しました。
地下を流れる水が姿を変え、やがて霧となって風景をつくるこの場所で、意識と言葉の在り方を重ねることに必然性を感じています。
どうかこの場で、文字を「読む」のではなく、鏡を通して、ご自身の内側にある何かを引き上げる感覚を静かに体験してみてください。
それぞれの中にある「潜在の層」が、一瞬、言葉として立ち上がることを願っています。
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【作品名】8000generations
【作品詳細】
現代人の起源はアフリカで誕生した現在人類(ホモ・サピエンス)の出現であった約20万年前。
実際には、現在人類の起源は多くの個体群からなる集団的進化と言われてますが、もし仮に1組のカップルから現在人類が始まったとしたならば、1世代が25年周期で世代交代したと前提すると、私たちは約8,000世代目となる人類となります。
途切れることなく営まれてきた私たち人類の活動は今後も続いていくという希望的観測とそうはならないかもしれない悲観的未来がある。
不確実性が高まったVUCAの時代を生きる私たちに起こりうる設定された未来はA面かB面しか残されていない。
A面は現在の延長線上にある現在人類が存続する未来。
B面は途絶えゆく未来。
その先を地球に見るのか宇宙に見るのか。
現在人類はその活路として宇宙に目を向けている。
作品は1組の糸が現在人類の起点として繋がり紡がれ8000世代を経てその先の未来に広がる宇宙空間へのアプローチをイメージした。
現在の科学的な理解では、宇宙はダークエネルギーの影響で拡大し続けているとされています。そして、その拡大速度はむしろ加速しているという観測結果が得られています。
その拡大し続ける宇宙を幾重にも重なる線で表現しました。
この線の連なりを「時間の積層」と捉え、ビッグバンを中心としたところから宇宙年輪を表現しその年輪の積み重なりのいずれかの地点で発生しているであろう外宇宙に人類の未来があるかもしれないという予言的作品。
今回の作品制作には、福井県鯖江市の産業である絹繊維を福島織物株式会社様にご協賛いただきました。
鯖江市の産業としてはメガネや漆器が現在も盛んですが繊維業は江戸時代より福井県全体で盛んな産業であり、現在も革新を続けながら高品質な製品づくりと持続可能な取り組みを通じて、地域経済の活性化とともに、国内外での競争力を高めていくことが期待されています。
現在人類の未来を鯖江市で行う個展だからこそ、繊維業界で創り上げていく伝統と革新の生み出す未来と書の文化とを融合させた作品を制作しました。
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【作品名】SAPPORO HISTORY
【作品詳細】
SAPPORO HISTORY は、開拓の始まりから未来へと続く札幌の歩みを、大通りを表現した一本の線上に5つの瓶とその中にエポックとなる年数を刻んだ作品です。
その背景には、北海道の大地に根づき、150年以上の時を経てもなお変わらぬ息吹を持ち続ける札幌の「永遠」というテーマがあります。
物語は 1869年、開拓使設置の年から始まります。まだ手つかずの雪原が広がるこの地に、人々は夢と希望を携え、碁盤目状の都市計画を描きました。作品では、この時代を象徴する未開拓の地を黒和紙で、そこに刻まれた1869を白い雪の色合いで「始まりの静寂」を示します。
1957年は、札幌のシンボルである「さっぽろテレビ塔」完成の年。赤い鉄骨は都市の成長と発信力を象徴します。筆は鋭く力強く、鈴鹿墨の薄赤色を潜ませ、鉄骨の存在感と街の息吹を重ね合わせています。
1972年は、札幌が世界へ開かれた瞬間——冬季オリンピック開催の年。聖火台の炎と銀世界が、都市の知名度と誇りを高めました。ここでは炎をあしらった和紙に雪の輝きと国際舞台への飛躍を表現。筆は流麗で躍動感にあふれ、五輪の高揚感を伝えます。
2025年は、現代札幌の姿。成熟した都市としての落ち着き、文化の厚み、そして未来への挑戦を表します。墨色は鈴鹿墨の薄緑を用い安定感と品格を表現しています。
そして最後は「未来」。ここには具体的な年号を記さず、見る者の想像に委ねます。和紙は煌めく鮮やかな未来を彩るやや黄色味がかった乳白色を使用し、札幌がこれからも四季と共に巡り、変化と調和を続けていく永遠の姿を象徴しています。
全体は左から右へ、時系列で歩んでいくような表現を施し、瓶に詰めることでガラスを通して見る年数の揺らぎや湾曲した形からその年代の息吹を見てとっていただければと思います。
SAPPORO HISTORY は、単なる年表ではありません。それは、札幌に生きる人々の息遣い、積み重ねられた時間、そしてこれから先の未来への希望を、書と色で紡いだ「札幌という物語」です。
鑑賞者は、過去を懐かしみながら現在を見つめ、そしてまだ見ぬ未来を思い描くことでしょう。この作品は、その瞬間を永遠に封じ込めるために生まれました。
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【作品名】黒の循環
【作品紹介】
書は一回性の芸術です。
一筆は二度と同じ形を結ばず、書かれた瞬間に完成すると同時に、過去へと流れ去っていきます。
この作品は、その儚さを否定するのではなく、真正面から引き受け、再び時間の中へと呼び戻す試みです。
本作では、500枚を超える反故――書かれながらも選ばれなかった紙片から墨を抽出しているように見立てて、毎秒0.1mlという極めて遅い速度で点滴を通して墨を滴下させています。
会期中、絶えず変化する時間芸術としてその変化をお楽しみください。
中央に据えられた、傾斜をもつ2m×1mの和紙。その頭上から落ちる墨は、人の手を離れ、重力と時間に委ねられながら、新たな書の痕跡を刻み続ける。ここには、空間芸術と時間芸術が静かに交差する場が立ち上がります。
反故とは、失敗の記録。
本作に用いられた反故は、私が主宰する書道塾「継未」の合宿において、生徒たちが挑み、迷い、書き続けた時間の集積であるものを用いました。それらは単なる失敗作ではなく、意志と試行錯誤の痕跡であり、人と人が学び合った証でもあります。
「黒の循環」は、個人の制作を超え、世代と念いをつなぐ共同作品として成立しているのです。
AIが瞬時に「正解」を生成する時代において、迷い、失敗し、書き直す行為は効率の外へと追いやられつつあります。しかし、失敗することこそが、人間にのみ許された創造の証ではないでしょうか。
反故は否定されるべき過去ではなく、未来を生むための源泉。
失われゆく素材を循環させ、時間をかけて新たな書を生み出すこの作品は、書を瞬間芸術から永続の営みへと昇華するものとなっています。
有限の反復の中に無限を見出し、失敗を抱えながらも創り続ける人間の姿そのものが、ここに刻まれています。
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【作品名】TIMEMIT
【作品詳細】
現代人は忙しい。日々仕事や家事・育児・介護に追われ、やるべき作業や勉強が山積みになっている。皆に等しく与えられる1日24時間を、自分は何に使うのか、と考える意味で必ず時間の概念が絡んできます。
過ぎてしまった今は戻せない。
時間は絶えず過ぎていく。
過ぎてから過ぎたことを悔やむことに時間をかけることでも時間は過ぎていく。
それでも忙しい現代人は複数のタスクをこなしている。
それぞれの役割を止めることなく断続的に時間を消費している。
24時間を絶えず何かの役割をその瞬間瞬間で消費している。
この作品は、今この時間を何に使うか、計画的なようでありながらも衝動的で、それでいて止まることなくつながっている、今の私たちの時間感覚を表現した作品です。
進んだり戻ったり、全く別のことをしたり、やるべきこととやりたいことがある日常の中で私たちはどこかに必ずスイッチが入るように時間を消費します。
「TIME」は時間。
「EMIT」は発する、放出するという意味を持ちます。
私たちは時間を使って、何かを発し続けている生き物なのです。
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【作品名】継未
【作品詳細】
私は2014年に独立起業し、一般社団法人 継未-TUGUMI-を設立しました。
「未来に日本の文化を継ぐ」という志を立て、『継未』という造語を企業名に据えました。
「継未」は福井県の県の鳥である「つぐみ」にも由来。
日本でも海外でも見ることができる故郷の鳥「つぐみ」と「未来へ継ぐ」のダブルミーニングを託しています。
未来に日本の文化を継ぐことは自分の世代で終わることではなく、多くの世代にわたって受け継がれていく永久的営みです。
「書く」という行為自体が表現のツールとして無くなっていく世の中、人類の最後の抗いとして「文化承継」があるのかもしれません。
今回、この「継未」の書を、福井県鯖江市の金継ぎ師である薮下喜行氏制作のうすくち漆のコーヒーカップに揮毫。蒔絵師の薮下小春氏に金と銀の蒔絵を施していただきました。
作品のそばに虫めがねを設置しています。書、漆、蒔絵といった日本の文化、それを継ぐ人の志を間近でご覧ください。
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【作品名】永
【作品詳細】
黒龍酒造ESHIKOTO限定発売の日本酒パッケージ。
福井県永平寺にある酒造「ESHIKOTO」でしか購入できない日本酒のパッケージのロゴを揮毫しました。
「永」は読みとして「とこしえ」があり、意味として「長く変わらず永久不変である様」を表します。
「永」の漢字は象形文字で、流れる支流を引き込む長い川を表します。
永遠に飲み継がれる日本酒として、歴史を引き込みながら綿々と流れゆく様を筆のストロークで表現しました。
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【作品名】goldenrecord2024
【作品詳細】
1977年、アメリカ航空宇宙局 (NASA) は「ボイジャー計画」と題して太陽系の外惑星および太陽系外の探査計画を打ち立て、2機の無人惑星探査機ボイジャーを打ち上げました。
この探査機には異星人に向けてのメッセージを載せた「ゴールデンレコード」が搭載されています。
ゴールデンレコードには、地球上の様々な音や音楽、55種類の言語による挨拶や様々な科学情報などを紹介する写真、イラストなどが収録されました。
ボイジャーが太陽系を離れて他の恒星系へと向かう行程において、その恒星系の惑星に住むと思われる地球外知的生命体によって発見され、解読されることを期待したのです。
人類のまだ見ぬ未知の世界への探究心はとどまることを知りません。人類の進歩や進化のために私たちは日々の生活を営んでいると言っても過言ではないでしょう。
何もしていないように見えても、自分自身が存在する行為そのものが次の世代への人類の歩みへの何かしらのデータベースになり得るものであり、環境の変化に順応していく人類の営み自体が人類の進歩へと繋がり連動しています。
2020年の新型コロナウイルス感染症は人類に多くの行動変容をもたらしました。
学校や会社への移動が自粛され在宅が義務付けられたり、マスクを着用して誰とも会話を交わさないといった日々へ、全人類が何の疑いもなく移行していきました。
2024年。人類はそれらが何もなかったかのように以前の日常へとまた戻りつつありますが、その日常は完全にそれ以前とは異なる世界となりました。
1977年にゴールデンレコードに刻まれた音。
47年前の「今」を切り出した音は、ボイジャーによって永遠に宇宙を漂い続けます。
ボイジャーのゴールデンレコードには日本語の「こんにちは、お元気ですか?」が収録されています。
「こんにちは」という言葉はもともと、「今日は、ご機嫌いかがですか」「今日は、いいお天気ですね」といった言葉が挨拶として使われていました。
明治時代の教科書で「今日は」以降を省略したまま紹介されたことで「こんにちは」広まったとされています。
この省略文化は現在も日常の中で若者においてメッセージのやり取りでも散見されるようになりました。
「了解です。」→「り」 「お疲れ様です。」→「乙」 「そうだよな。」→「それな」 「まじ?」→「ま?」
このGolden Record 2024では、「こんにちは」をさらに短縮して「コン」という言葉を刻みました。
短縮化のその先の未来は、もしかすると何も残らない。何も表現しない。空の世界が漂うかもしれません。
しかし今を生きる私たちには言葉も存在し、伝える手段としてありとあらゆるツールが存在しています。
一方で、ことばのデリバリーには多くの障壁があって伝わりづらくなっています。
ボイジャーが発する電波が現在では微弱なものとなって伝わりづらくなっているのと同じように。
私たちを取り巻く世界は、自分たちが望む情報しか入ってこないフィルターバブルな世界。
届けたいメッセージは相手が必要とするメッセージと合致しなければ届かなくなってきています。
このエコーチェンバー現象からの脱却は、自分で興味を持ってフィルターを除去し、別の世界へ赴くことでしか実現できません。
この作品では、メッセージの行き来には多くのフィルターがあり、情報が限定して伝わってきていることを 複数の穴を開けたマットを用いて表現しています。
今のあなたをGolden Recordに刻むのならば、あなたは何を刻むでしょうか。
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【作品名】生々流転
【作品解説】
朝日がのぼると人は目を覚まします。それと同じように、太陽の日差しが地上に注がれれば、その熱量によって海や川、地面に含まれる水分が蒸発して水蒸気となります。
水蒸気を含んだ空気は上昇気流に乗って上空に上がり、急速に冷やされて水滴となります。
水滴が集まり雲ができ、水滴や氷の粒が大きくなっていき、雲が分厚くなっていくと、支えきれなくなった上昇気流から水滴や氷の粒が落下し、雨や雪になって地上に降り注ぐ。
降り注いだ雨や雪は地面に染み込み、染み出し、川となり海へと流れていく。
そしてまた朝日がのぼり地上が温められて雲へと変化していく。
太古の昔より繰り返されたこの営みから「生々流転(せいせいるてん)」という言葉が生まれました。
「生々」は物が次々と生まれ育つこと。 「流転」は物事が止まることなく移り変わっていくことを表します。
私たちを取り巻くすべてのものは、大きく俯瞰して眺めてみるとこの「生々流転」の中に存在するものであり、その一部であることが認識できます。
四曲一双(よんきょくいっそう)からなる「生々流転」の左隻(させき)は、雲が上昇気流に乗って湧き上がっていく「生々」の情景を描いています。左側から湧き上がった水蒸気が集まり層となって大きな雲を形成しています。
そして右隻は、その雲から降り注がれた雨や雪が川を伝わり注がれて海へと辿り着き、海流として「流転」していく様を表しています。
私たち人間を構成する60%~70%は水です。
ほぼ水でできている私たちは、この生々流転する水と同じく流転する生き物です。
人類の営みも生々流転。この循環構造はこれまでも、これからも変わらず永遠に続くものであり、そうあってもらいたいと願うものでもあります。
今回使用している屏風には、一般家庭でも使用されるパーテーションが用いられています。パーテーションは日常の空間を仕切るために用いられるものであり、パーテーションを使用するということは、それで仕切られた向こう側にある空間との断絶を意味します。
しかし、パーテーションがこの「生々流転」を纏うことで、空間で仕切られた世界そのものが流転します。
人と人、国と国、言語と言語など互いを分離する「壁」。歴史上登場したすべての壁は、時代と共に表出し崩壊することを繰り返してきた人類の歴史そのものであり、それは生々流転する象徴でもあるのです。
対峙するものの間に壁ができても、いつかは無くなるものである、ということを表現した作品です。
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【作品名】NOW
【作品紹介】
書は筆に含ませた墨を対象物に書き付ける行為である。
墨を含み潤った線が、徐々にかすれていき、いずれ墨が尽きてしまう。
すると、何が書かれているのかを判読することは難しくなる。
書く行為は甲骨文字から始まったとされる。牛の肩甲骨や亀の甲羅へ、文字となる造形を刃物で刻んだものが甲骨文字だ。
文字の起源は「刻む」という行為で残されるものだった。墨や紙などは存在せず、文字が潤っていたりかすれていたりという表現は存在しえなかった。
「刻む」から「書く」へ、文字表記の移り変わりのあいだに潤いと渇きが誕生した。
現代では「タイピング」、そして音声からの「文章生成」へ、
テクノロジーの進展によって文字を書く行為そのものがなくなろうとしている。
この時代に生きる書家は、その時代の流れに抗うべく、「書く」という行為で今という時代を表現しようとする。
——
「今」というこの瞬間は、書いたその瞬間から過去となり、潤いから渇きへと変遷します。
私たち人間もまた潤いを多分に含んだ状態で誕生し、死に近づくに従って渇きへと肉体的変化を遂げていきます。
潤っていた過去もその時点での今であり、未来において渇きに包まれた瞬間も、その時点での今として受け入れるべくして訪れる未来です。
一枚の「永い」布は、人の一生そのもの。その一瞬一瞬の「今」を、墨で刻みました。
布の始まりと終わりをつなぎ円をつくることで、人ひとりの生が次の世代の生へと循環していくことを表しています。
【音声ガイド】







